Essay


SAXとの出会い 第一話

それは僕が高校2年生の時。
東京の某大学のサークルでプログレッシヴ・ロック・バンドのベースを弾いていた兄が、夏休みで帰省した時のこと。
兄は中学生の頃から洋楽が好きで、その頃からよく僕に色々な音楽を聴かせてくれていた。
今回の帰省でもたくさんのレコードを持ち帰ってきていた。
「これはどう思う?」と聞かれて答えを探す自分。
ピンとこなかったのかもしれない。
そんな中、それまでと違う雰囲気の曲が流れた。
それがボブ・ジェームスの「HEADS」だった。
落ち着いた雰囲気の演奏から聞こえてくる情熱的な旋律。
「デヴィッド・サンボーン」のSAXだった。
それから聞こえてくるのは渋いSAXの響き。
それは「グローバー・ワシントン・Jr.」だった。
ソプラノ、アルト、テナーの音の違いも分からず、ただその音に無性に惹かれた。
「これはなんか良いね」自然にわいた感情だった。
それからの毎日は、そのジャケットを眺めながら自分がそれを吹いている姿を想像して、何度も繰り返して聞いた。

中学生の頃、仲間でギターを弾くのが流行り、僕も兄のギターを借りて「かぐや姫」、「N.S.P.」などのフォーク・ソングを弾いた。
でも指が思うように広がらずどうしても出来ない所があった。
それでだんだんギターから遠のいていった。
自分も何か楽器をやりたい!でもギター、ベース、ピアノなどは指が広がらないと出来ない事もあると諦めていた。

そんな時現れたSAXはその問題をクリアーしていた。
もう自分の心は決まった。

しかし音楽環境の貧しかった地元では管楽器=ブラスバンド。
ジャズを演奏する人なんて見当もつかない。
実際にSAXを手にするのは大学生になってからなのだが、、、、。

この続きはまた今度。


SAXとの出会い 第二話

今すぐにでもSAXを吹いてみたいと思う日々 ―17歳の秋―
「一体サックスって幾ら位で買えるんだろう、、、、?」見当もつかない。
やっとパンフレットを手に入れて見ると安い物でも8万円位した。
自分では到底買えない値段であり、一生懸命働いている両親にはとても言えるものではなかった。
しばらく諦めていたら兄がフルートは指使いがサックスと殆ど同じという事をバンド仲間から聞いて教えてくれた。
「フルートかあ、それなら地元のお祭りで篠笛を吹いているし、出来るかもしれない。それに値段も3万円位なら買えそうだ。」
そんな印象だった。
両親をやっと説得し、電話で欲しい楽器を楽器屋さんに注文した。
(まさか楽器を買うときは何本も吹いて選ぶものだなんて考えもしなかった。もっとも初心者の自分には1本で充分だったけど。)
年が明けて、お年玉と貯金を合わせ楽器屋へ行った。
思ったより小さいケースを開けるとそこにはピカピカ光る銀色のフルートがばらばらに入っていた。
組み立てて吹くと知ったのもこの時だった。

逸る思いで家に帰りやっと手に入れたフルートを付属の教則本を見ながら笛の要領で吹いてみた。
案外簡単に音が出た。
でもサックスの音のイメージとはずいぶん違った。
ちょっとがっかり。
しかも教則本にある曲は童謡やクラッシックばかりで興味の対象が全く違っていた。
それでフルートがメインで演奏しているレコードを探す事にした。
偶然、本で見つけたのはデイブ・ヴァレンティンの「サード・アイ」だった。
レコード屋さんに注文し手に入れて聞いた音楽は、ボブ・ジェームスと同じように共感の持てる音楽だった。
早速真似してみようと軽やかに吹いているその音を追ったが初心者には到底無理だった。
(自分にはスケールやコードという概念は全く無かった。)

季節は雪解けの頃を迎えていた。もうすぐ高校3年生。
「やっぱりサックスを吹きたい。その為にも東京の大学へ行かなくては。」
動機は不純だったが、大学のサークルでサックスを吹くことを夢見て受験勉強を始めた。

この続きはまた今度。


SAXとの出会い 第三話(最終話)

「東京の大学でジャズ研に入ってサックスを吹く」という夢に向かって受験勉強を始めてから、
あっという間に一年間が過ぎて僕は東洋大学に入学を決めた。

4月、サークル勧誘のコンサートがあり、ジャズ研、ビッグ・バンド、ロック、クラッシックなど様々な音楽を聴いた。
その後でジャズ研に行き、貸してくれるサックスの有無を尋ねたが、残念ながら無いという事だった。
しかも「ジャズ研」には殆ど管楽器の人がいないのでサックスを始めるのならビッグ・バンドの方が良いと勧められた。
自分のやりたい音楽とは違ったけど、ビッグ・バンド・サークルを訪ねてみた。
すると初心者でもOK、貸してくれる楽器もあるという事で僕はそこに即入部を決めた。
とにかく、サックスを吹きたい一心だった。
僕が入部した「グルービー・サウンズ・ジャズ・オーケストラ」には、既に何人か入部していて、
自分の楽器を持参している人やブラスバンド経験者、
中にはジャズ歴4年のすごいアルト・サックス吹きO君もいた。
希望楽器はアルト、テナー・サックスのどちらでも良かったが、
テナー希望者の中にはO君の様なジャズ経験者(彼にはかなわないと思った)もいなかったし、
一人1本ずつ借りられたのでテナーを選んだ。

いよいよ先輩に言われるままこの一年夢にまで見た楽器を持った。金色だ。重かった。
思いっきり息を吸い込みマウスピースに口をあて息を吹きこむ。
「ボ~~~」体中が振動して音が出た。
電気が体中を走り抜ける様な感じだった。ここから僕のサックス人生がはじまる。

さて、新入生の練習といえば音作りの「ロングトーン」(注1)だった。
僕は少しでも早く上手くなりたいと思いロングトーンの練習を真面目にやった。
またアルトのO君ともすぐに友達になり、時折ジャズの曲を吹いてもらったりした。
そんな風に吹ける彼の演奏を聞いて自分も早く吹けるようになりたいと思った。
そこで僕はアドリブ(即興演奏)についてある先輩に教えて欲しいと頼んでみた。
ところが返ってきた返事は、「10年早い!もっとロングトーンしろ」だった。
「えっ? ロングトーンをやっていればアドリブって出来る様になるのだろうか?」
という疑問が沸いてきた。
一方、何度か行われた勧誘コンサートを聞きながらある疑問が浮かんできた。
ある曲のサックス・ソロが毎回同じだったのである。
自分の知識では「ジャズのソロは即興で演奏されるもの」だった。
「どうしてアドリブしないんだろう?アドリブだったら毎回違うはずだ」

楽器を吹き始めて数週間足らずで様々な疑問が湧き、不満も出てきた。
そしてその疑問、不満は連休明けの「新入生歓迎会」の場で爆発してしまった。

この続きは次回「即興演奏(アドリブ)って何?」にて。

注1:
ロングトーンとはその名の通り一つの音を安定して長く吹く練習。吹いている間に奏法を確認、修正するという練習も含まれる。
吹く息によって音が鳴る管楽器において、幅広い音域で安定した息を楽器に送り込む事が演奏する上で重要な要素となる。
メロディ、アドリブとは一つ一つの安定した音の繋がりである。



即興演奏(アドリブ)って何? 第一話

連休が明けて新入部員歓迎会が居酒屋で行われる事になり、自己紹介を兼ねて恒例の日本酒の一気飲みが始まった。
田舎から出てきた僕にはこれが話に聞く"大学の新入生歓迎会"という感じだった。
どんぶりに注がれた酒を一気に飲み干す人、途中で止める人など色々いたが飲んだ後はみんな陽気になっていた。
とうとう自分の番がきて僕は見栄を張ってどんぶりに注がれた酒を一気に飲み干した。
とたんに体が熱くなり開放的な気分になっていった。

会が進み自然に新入部員が集まり出して抱負などを語り合った。
僕はかねてから疑問に思っていた「アドリブ」について話しソロについて直接先輩に聞いてみる事にした。
酒の力で、怖いものなしだった。

伴田「○○先輩、どうしてコピーのソロばかり吹いてアドリブをやらないんですか?」
先輩「ビッグバンドの決まったソロパートの中では書かれたソロの方が格好良く出来るし、
下手なアドリブでは曲全体も格好悪くなってしまうんだ。実際アドリブと言っても難しいんだ。」
伴田「でもジャズはアドリブをやるものじゃないですか。俺は絶対アドリブが出来るようになってみせる!」
SAXを始めて1ヶ月、やっとドレミを覚えたばかりの僕は大見栄を切っていた。

翌日、朝日がまぶしくて目がさめた。
いつの間にかアパートに戻りちゃんと布団を敷いて寝ていたのだった。
昨晩、電車に乗ったところは覚えているのだがその前後の事は殆ど記憶に無かった。
酔って記憶を失うという初めての経験だった。

その後、アドリブに関しては大いに悩む事になる。
当時(20年前)はジャズ、アドリブに関する書物や情報が少なく
また、どうしたらアドリブが出来るようになるか教えてくれる人も僕の周りにいなかったからだ。
加えてビッグバンドはアンサンブルも聞かせ所であり、
スイング感、ダイナミクスなどフレーズの吹き方をバンドで合わせる事に多くの時間を費やしていた。
ロングトーンをはじめ、スケール、タンギング、フラジオノート(高音域の音)など楽器を操作する技術を少しずつ習得し、
難しいアレンジのビッグバンドの譜面も繰り返し練習する事によって吹けるようになってきたにも関わらず、
アドリブとなると途端に何を吹いて良いか分からなくなってしまう。

"アドリブ=体から溢れ出てくるフレーズを楽器で表現" と思い楽器が上手くなればアドリブが出来ると思い練習してきたが、
どうやら楽器を吹く技術とは違う何かを勉強する必要があるとようやく気付き始めたのは、大学3年生の頃だった。
でも一体何から始めれば良いんだろう?

続きはまた今度。


即興演奏(アドリブ)って何? 第二話 「Play yourself !!!」

話は一気に進んで僕がニューヨークに住んでいた頃の話しになるけど、
ある日、友人の紹介で知り合ったドラマーのJ.R.ミッチェルのアパートでセッションをする事になった。
(後で知った事だが彼は1978年、ソニー・スティット(サックス)のアルバム「ディープ・ルーツ」に参加していた人だった。)
その時一緒に演奏したのが、後の僕の音楽に多大な影響を与えてくれたベーシストのフレッド・ホプキンス(1947年~1999年)だった。
彼は「エアー」というバンドをはじめデビッド・マレイ(サックス)グループなどフリー・ジャズやロフト・ジャズに欠かせない存在だった。

セッションは初めこの3人で始まった。
最初の曲はJ.R.のコールでケニー・ドーハムの「ブルー・ボッサ」に決まり、カウントより僕がメロディーを吹きそのままアドリブに入っていく。
2,3コーラスをアドリブした所でフレッドが急に演奏を止めて叫んだ。

「Play yourself!!!」

僕は良い所を見せようと作為的にフレーズを選んで即興演奏(アドリブ)していた。
それが見事に見破られたという感じだった。
と同時に何冊かの本で読んだ「物真似では意味が無い」という言葉が頭をよぎった。
しかしフレッドの言葉は僕の演奏を責めるものでは決してなかった。
その言葉は僕をより音楽に集中させてくれた。

再び曲が始まり僕は無我夢中で即興演奏(インプロヴィゼーション)を吹いた。
今度はドラムとベースの音により耳を傾け3人で音楽を創る事にも注意を払った。
お互いが音に反応しながら曲を通して会話をしている感じだった。

曲が終わりフレッドは笑いながら僕に声をかけてくれた。
「Hey brother, I hear you.」------- 僕自身が聞こえたということだった。
その日を境に僕はどうしたら自分自身を音で表現出来るかを真剣に考えるようになった。

J.R.とフレッドとの付き合いがそこから始まり、セッション・仕事など様々な機会を通じて更に多くのアドバイスを受けた。
この2人については後日「エッセイ」に別題で書きたいと思う。

「即興演奏」(アドリブ、インプロヴィゼーションと2つの訳があるが後者はより自由度の高い演奏と思われる)を通じて
「自己表現」する事がジャズの醍醐味である。
巧く吹くこうと思う事より自分の音にどれだけ「想い」を込めて演奏出来るかがより大切であると思う。
もちろん「想い」を表現する為に楽器の技術を磨く事も大切なのは言うまでも無い事だけど。

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